メンタルをどうにかする日記

都内私立大学の三年生です。教員を目指してます。嘘です。正確に言うと教員を"目指してました"。突然教職を諦めて旅に生きることにしてしまったブログ(そんなことできるのか!?)

【教職、やめることにしました】

わたし、教職やめるってよ

水曜日からずっとずっと悩んでいて、金曜日地理歴史科教育法で「お前は本当に面白い指導案を書くな!」と誉められたことからやっぱり教員になる~♪と上機嫌だったのですが
やっぱり教員になろうと思うと眠れなくなってしまう(今日も完徹)ことに気づいて、
今日、(しかもさっき!笑)、教務部についに教職課程をやめる決意をしたメールを送ってしまいました。

☆1日ニート生活を終えて書き足し☆
自分の送ったメールを改めて読み返しその概要を加工と書こうと思います。長いのでw

【メール概要】
…『教職やめます、以下言い訳』。😂😂😂😂😂😂笑←

それはひどすぎなので、もうちょい詳しく言うと😂😂、
☆体と心がもうしんどい
☆時間ほしい
☆何が本当にやりたかったのか分からなくなってしまった
☆時間の内容もつまんないけどそれよりも教員含めメンツが無理➡それは違うと後で判明します
☆指導案を書かなくても授業はできる、熱意があればできる!!!少なくとも私はそんな気がする(指導案書くのめんどい)
☆先入観から人々を解放したくて教員目指してたのに、私が今洗脳されてるわ!こんな授業受けてられない!
=「勉強はつまらない」という先入観から生徒を救うような授業をしたかった し、
=教科書に書いてあることにも嘘(って言っちゃうと言い過ぎだけど本当はもっと奥深くの内容)があることを教えたかった し、
=自分で自分を決め付けることも他人を決め付けることもしないような生徒になってもらいたい
と思ってたのに、
決め付けの世界にどっぷり浸かってついに私まで洗脳され決め付けの世界に馴染んでしまったことへのものすごい拒否反応で心身ぶっ壊れました。


…ということですね。はい。
これが概要です。

⬇以下内容(長いので読む際は気を付けてください)

急にごめんなさい。
本当に急なのですが、教職課程をやめることにしました。
まだ親にも言えていません。
とにかく、介護等体験や教育実習をキャンセルしなくてはならないと思い、メールをしました。色んな先生方や教務課の皆さんに迷惑をかけてしまうことを本当に申し訳なく思っています。

最近全く眠れず、また体がだるく、特に大学に行こうとすると体が全く動かないことが続いており、自分でもどうしたのだろう…と感じていたのですが
昨日私学教員適性検査の用紙に「教員を志望する動機」を書いていた時に、
「教員を志望する動機」を書いているつもりが、そっくりそのまま「教職課程をやめたい理由」になってしまっており
自分はもう本当に教職課程をやめたいんだなということに初めて気がつきました。

多分、言い訳なしの本音の理由は「授業が多すぎて辛い」ということなんじゃないかな…と推測しているのですが
なんとなく、私がなりたいのは教員ではないような気がしてきたということが理由です。

本当は、今まで誰もやってこなかったような面白い授業を作って、色んな人に「学ぶことの面白さ/楽しさ」を知ってもらいたい・自分の世界を自分の力で広げることのできる生徒を育てていきたいと考えていたのですが、
今年に入り突然、体も心もついていかなくなってしまいました。

受けている授業は楽しく、課題も順調にこなせています。本当に体さえ言うことを聞いてくれれば、授業に普通に出席できるし、出席した後は「大学に来てよかった」と感じることが多いのですが、
なぜか家に帰ると全く眠ることができず、「教職をやめよう」と心に誓うと体と心がとても軽くなるので
教職課程をやめようと思っています。

今までお世話になりました。
履修や色んなことで騒いだり、何度も風邪を引いてガイダンスに出ることができなかったりと色々迷惑をおかけしました。
最後にまた迷惑をかけてしまいますが、よろしくお願いします。
私から、何かどこか/誰かに連絡した方が良いことはありますでしょうか?

また、やめられない可能性はありますでしょうか?
一応、以下にやめようと思ったその原因の志望動機を書こうと思います。

【私学教員適性検査に書こうとした志望動機】
私は、中学・高校生の時、勉強することがとても好きでした。
勉強すればするほど自分の世界が広がっていくことが楽しかった為です。

私は勉強が大好きで、成績も良かったため、よく試験前に友達から「分からないところを(先生役になって)教えてほしい」と言われることがよくありました。
中学2年生の時、いつものように(先生の真似っこで)化学の授業をしていたところ
「先生よりあなたの説明の方が分かりやすい」「あなたが化学を好きなことが伝わってくるから、私まで勉強が楽しくなってくる」と友達に言われ、そのことがあまりに嬉しかったため教員を目指し始めました。


その頃から、周りの友達がみんな「勉強嫌だな~」と言っていることに気が付き始めました。

私は"勉強って楽しいのにどうしてみんな嫌がるんだろう?"という疑問を抱き、"どうすればみんなもっと勉強を楽しくやれるだろう?"ということを常に考えるようになりました。
そして『自分が授業をするときだけはみんなに勉強を楽しんでもらおう!』と授業の内容をとても工夫していた思い出があります。

その結果、友達のテストの点数が(私が教えていた科目だけ)20点ほど点が上がるということがあり、
またその友達が「あなたの授業は面白いから飽きないし、終わった後も覚えていられる」と言ってくれたことで
私は自分の教え方に自信を持つようになっていきました。(あの頃は指導案を作るということすら知らなかったんですが!)

そして(友達からすれば)面白い授業を繰り返していくうちに、
"勉強って楽しいのにどうしてみんな嫌がるんだろう?"の理由は
"周りの大人が「勉強【しなさい】」と言うから、子どもたちは勉強を義務だと思い込んでしまっている"
ということだと自分なりに結論付けることができました。


本当は、興味の方向さえ見つけることができれば、その内容さえ面白ければ、人は自分から進んで学ぶことができる生き物だと思います。
しかし、その興味の芽を摘んでしまっている大人(特に教員)があまりにも多いのです。少なくとも私にはそう感じられます。

そのため、私は生徒の好奇心をくすぐるような面白い授業をできる教員になりたいと考えています。
教員になれたら、色んな生徒の興味関心のために工夫と試行錯誤を繰り返して生きていこうと思っています。

人は自分から学ぶことができるのに、
制度や課題でがんじがらめにするから、生徒は嫌になってしまうのです。
・・・と書いていたところ、突然涙が溢れだし、
これって今の自分そのものだと感じてしまいました。

家での独学ならきちんと集中して勉強できるのに、なぜか大学へ行けない・・・その理由を6月の間一生懸命考えていたのですが、
その理由が自分の教員への志望動機に書かれており、
「生き方の軸そのものが否定している」……と心の底から感じました。

私はもう限界のようです。
"何が嫌!"とはハッキリ言えないのですが、もう体と心が付いていきません。

授業の内容は面白いと感じているので、
気が向けばまた授業に出られるようになるかもしれませんが
とにかく自分の「教員になりたい」という(自分に対しての)嘘に気が付いてしまったので、
教職課程をやめようと思います。

今までお世話になりました。
ご迷惑をおかけします、本当にごめんなさい。
また今日も眠れてなくて心配なのですが、
これを機に眠れるようになるといいなと思います。

長文失礼しました。
対応をよろしくお願いします。




・・・・・・・あ~!!!送ってしまった~!!!